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【内視鏡下手術最前線】胸骨を切らずにつり上げて胸腺を摘出。「城戸方式」はこうして生まれた。)

副甲状腺腺腫の患者だった。胸骨の下に金属板をすべり込ませ、リフトで持ち上げる。グーッと上げると、変色した腫瘍が見えた。「やった。これなら胸骨を切らなくて済む」城戸哲夫氏は、その時の感動を10年経っても忘れないでいる。そして静かにいう。「手術のエラー情報を共有しなければ、後進たちの道は拓けない」患者の為に最善を尽くすー。先端医療の伝道師・城戸哲夫氏の”いま”をリポートする。(編集部)

※CLINIC magazine 2007年8月号の「リポート・先端医療の伝道師」として、取材掲載されました。本ホームページへの転載使用については出版社よりご許可をいただいています。

CLINIC magazine 2007年8月号の「リポート・先端医療の伝道師」

年間総症例数7万件以上、国内で急増する内視鏡下手術

患者の立場に立ってQOLに重点を置く治療ー現在、その最先鋒にあるのが内視鏡下手術だ。

内視鏡検査はもともと日本の得意分野だが、光学器械と周辺機器の進化により、外科領域でめざましい進化を遂げた。欧米に始まった内視鏡下手術が国内でスタートしたのは、1990年春。以降、腹部、呼吸器、泌尿器、心臓血管、婦人科など、あらゆる領域で技術開発され、日本内視鏡外科学会らの調査(昨年秋のアンケート調査、回答率役50%)によると、いまや内視鏡下における外科手術の総症例数は、年間7万件以上にのぼるという。

その過程で、医師達はさまざまな方法を試みてきた。

1990年、埼玉医大総合医療センター外科教授・橋本大定氏と、茨城県立中央病院・茨城県地域がんセンター院長・永井秀雄氏が考案したのが、「つり上げ式」と呼ばれる腹腔鏡手術での新しい手法だった。

通常、腹腔鏡手術では視野と作業空間を確保するため、炭酸ガスで腹部を膨らます「気腹法」で行なう。だが気腹法は肺や心臓を圧迫するため、静脈血栓や空気塞栓などの合併症を引き起こす事がある。そこで、物理的に腹部の皮膚をワイヤーでつり上げる術式が試みられた。

この「つり上げ式」を胸骨に応用し、胸骨をつり上げる独自の胸腔鏡下手術を見いだしたのが、現在、聖授会OCAT予防医療センター所長で大阪警察病院呼吸器外科客員部長をつとめる城戸哲夫氏だ。1997年以降、症例自体が少ない重症筋無力症120例、縱隔腫瘍をあわせて230例を執刀した、この分野の第一人者である。

外科的侵襲が少ない内視鏡下手術は患者にとっては優しい医療だが、半面、医師には熟練した高い技術が要求される。「城戸式」はいかに開発されたのか。

▲胸骨つり上げ式の胸腔鏡下手術

【雑誌掲載】

「なぜ胸骨を切らなくてはいけないのか」という問い

城戸氏は、北里大学医学部を卒業後、胸部外科を選んで大阪大学の第一外科に入局した。第一外科は心臓や呼吸器が中心だったが、当時、胸腺摘出の手術数は飛び抜けて多く、全国から重症筋無力症の患者が集まっていた。

黙々と重症筋無力症や胸腺腫瘍の手術をこなすうち、ふと、城戸氏の頭にひとつの疑問が湧いた。

「なぜ、胸骨を切らなければいけないのか」

胸骨は長さ30cm、幅5cmほどで、肋骨とともに心臓を守っている。胸腺を摘出するには、通常、この胸骨をノコギリで縦に切らなければならない。しかし、重症筋無力症や胸腺腫瘍は若い女性にも多く、大きな傷跡が残るというだけで、手術をためらう者さえいた。

かつて、城戸氏は大学受験の試験場で喀血。結核で1年間の療養生活を余儀なくされ、病院から外を眺めながら、「人は歩けること自体が幸せだ」と感じたと言う。その思いが第一線の外科医になった時、患者の負担を少なくしてあげたいという強い気持ちにつながっていった。

医局人事で異動を繰り返した城戸氏が、大阪府立病院(現・大阪府立急性期・総合医療センター)の外科主幹医長となったのは1988年、37歳の時だ。

しばらくして普及し始めたのが内視鏡下手術だった。城戸氏は、胆石、次に気胸と、内視鏡下手術を行ない、経験を積み重ねる。そして考えた。

「内視鏡下手術を、縱隔の胸腺に当てはめられないものか」

前縱隔疾患に対する内視鏡下手術は1992年、Landreneauらによって正岡I型胸腺腫に初めて用いられ、翌年、Sugarbakerが重症筋無力症患者の胸腺摘出に応用して内視鏡下胸腺手術が開始されていた。

1997年5月、副甲状腺機能亢進症の患者に対して、城戸氏は「つり上げ式」と呼ばれる腹腔鏡下手術での手法を応用し、胸骨を持ち上げる胸腔鏡下手術を試みた。

「前縱隔にある副甲状腺腺腫を取るため、最初は胸骨を切ろうと考えましたが、首からアプローチしても腫瘍には届かない。そこで胸骨の下部を横に3cmほど切開し、胸骨の裏側に金属板を差し込みました」金属板を持ち上げ、変色した腫瘍が見えたその瞬間、城戸氏は震えたと言う。

「やった。胸骨は上がる。術野ができる。これで胸骨を切らなくてもいい」

同年12月、重症筋無力症の患者に適応した初めての手術は成功。

「なぜ、胸骨を切らなければ行けないのか」という自らの問いに、答えを出した瞬間だった。

1999年、手術の安全性を高めるため、胸腔鏡下手術にハンドアシストを併用する術式を考案。筋肉や神経が少ない上腹部から手を差し込んで触診することにより、胸腔鏡の利点と切開手術の確実さをともに生かし、安全で確実な方法を探っていった。

城戸氏は現在、重症筋無力症と縱隔腫瘍では国内トップの術数をこなす。大阪警察病院へは患者が全国から集まるが、信州大学や藤田保健衛生大学、国立病院機構呉医療センター、国立病院機構愛媛病院、神奈川県立こども医療センターなど、声がかかればどこへでも赴く。

その城戸氏はいう。

「第一は患者の命。内視鏡下手術には鉗子1本でいいというばかな医者もいるが、手術の怖さを知らない。とくに呼吸器外科は、万一血管を裂くと1分以内に開胸しなければ失血死につながる可能性がある。安全を担保出来ないというのが、どれほど怖いことかをしらなければー」

▲内視鏡下手術のモニター画面

▲医科診療報酬点数表には「胸腺摘出術」の項目があるのみで、「内視鏡下胸腺摘出手術」の記載はない。内視鏡クリップや超音波メスなど、高額なディスポーザブル機器を併用する内視鏡手術。不合理の是非もこれからの課題だ。

【雑誌掲載】

「失敗事例の情報を共有する」という挑戦

患者の為になるはずだーと、城戸氏は信念を持って内視鏡下手術を行なってきたが、同時にその怖さをも知る。腹部外科の内視鏡下手術は年間3万5,000件のうち5件の死亡例が報告されているが、かたや呼吸器外科は年間1万件に対して5件。万が一、肺動脈の血管を損傷してしまうと、1分以内に止血しなければ死に至るーそれが胸腔鏡下手術のデメリットだ。

「たった3cmの切開傷で胸腺を全部取ってしまうのですから、どこの現場でもやろうという意識は強い。しかし、僕の場合も血管を裂いて開胸した症例が3例ある。学会でこれを発表するとウワッと声が上がる。その怖さを、これから続く若い先生たちに知って欲しい」

内視鏡下胸腺手術は、手術器具の改良や工夫で安全・簡便に進化しているが、いまだ高度な手技を抜きには語れない。一般の病院で行なわれる標準的な手術法とするためにも、しっかりとした手術医の認定制度と、手術ミスを防ぐシステムの確立を城戸氏は強く意識する。

「失敗から多くの事が学べる。二度と同じ失敗を繰り返さなければいい」

ミスが公になる医療訴訟でも、なぜミスが起こったのか、十分に検証されないまま終わってしまう。そこで2003年、城戸氏はNPO法人日本内視鏡外科ネットワークJESNETを設立し、ホームページを立ち上げた。内視鏡下手術中に起こった手術ミスのインシデント例を集め、インターネットを通して医師同士で情報を共有しようと提唱したのだ。

メインコンテンツである手術ミスの事例は、「人工弁置換後抗凝固療法中に胸腔鏡下手術を施行、術後17日目にトロカ挿入部から胸腔内出血」「前胸壁拳上両側胸腔鏡下拡大胸腺摘出術中の左腕頭静脈損傷により胸骨正中切開に移行した例」「胸腔鏡下右肺上葉切除時の肺動脈損傷」など9例。うち4例は城戸氏自身が提供した。手術ミスの報告には勇気がいる。コンテンツの<失敗例>が増えないまま、システムの維持費だけが累積。資金集めに奔走した城戸氏は、昨年秋、JESNETを休止した。

「若い先生には、とにかく手術を見てもらいたい。それが育てるということだ。将来は、胸腔鏡下手術の失敗研究会を堂々とやりたい。患者のことを考えたら、この手術法は正しい。だから正しく伝えていきたい」

国内で内視鏡下手術が産声をあげて18年。山は高く、すそ野は広く、その臨床応用はさらに広がると考えられている。そのためにはまず、手技の複雑化に伴う外科医の技量の格差を正さなければならない。

城戸氏はいう。「内視鏡下手術は、副損傷の詳細な検証と予防法の確立なくして発展は望めない。経験者は、そのあたりをきっちりと伝えていかなくてはいけないと思います。」

肺動脈が大出血したエラー事例(矢印部分。不鮮明だが血が噴き出している)。1分以内に止血しなければいけない手術だからこそ、城戸氏はその恐怖を若い医師たちにつたえる。

【雑誌掲載】

プロフィール

1951年生まれ。
1977年 北里大学医学部医学科卒業、
同年大阪大学第一外科医員。
大手前病院、奈良県立医科大学、大阪医療刑務所病院法務技官、国立呉病院、大阪府立病院、大阪警察病院呼吸器外科部長、大阪警察病院呼吸器外科客員部長、聖授会OCAT予防医療センター所長を経て現職。
1997年世界で初めて胸骨をつり上げた胸腺の内視鏡下手術を開発。
1999年内視鏡下手術の安全性をより高めるために、ハンドアシストを併用した胸腔鏡下手術法を発表。
重症筋無力症や縦隔腫瘍に対する胸腔鏡下手術の第一人者。
日本呼吸器外科学会終身指導医・特別会員、日本外科学会認定医、日本胸部外科学会終身指導医、日本小切開・鏡視外科学会設立理事、日本医師会認定産業医。

手術・医療相談

全国の医療施設で診断されました肺腫瘍や胸腺腫瘍の患者さんの画像再診断や今後の手術(内視鏡下手術)のご相談を行っています。すでに確定診断されました重症筋無力症患者さんの内視鏡下手術治療法のご相談も行っています。画像再診断や手術法のご相談を承っています。

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